MARKETING MAGAZINE
マーケティングマガジン
ナゴヤ愛
2024.12.03
第22回
その数に圧倒!「刀剣」「甲冑」を系統的に学べる博物館「名古屋刀剣ワールド」
2024年5月、名古屋市中区に名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」が開館しました。「三英傑ゆかりの地」であり、「武将のふるさと」を観光の要に掲げる愛知県に、また一つ名所が誕生。
当館の学芸員である山田怜門さんにお話を伺いました。
東建コーポレーションが母体の企業博物館
名古屋刀剣ワールドは、東建コーポレーション(本社・名古屋市中区)が設立した一般財団法人刀剣ワールド財団が運営する企業博物館です。
館内に展示されるコレクションは、東建コーポレーション創業者で財団代表理事の左右田稔さんが40年以上にわたり収集してきたものを中心に構成されています。
左右田さんのコレクションは、当館開館以前から、中区丸の内にある東建コーポレーション本社の一部にて公開されていました。現在、本社の展示施設は「刀剣ワールド名古屋・丸の内」と名を改め、三重県桑名市にあるホテル多度温泉内「刀剣ワールド桑名・多度」とともに、引き続き常設展示をおこなっています。
歴史を知ってより魅力が伝わる展示方法
山田さんに博物館のある北館を案内していただきました。
当然ながら学芸員ごとに専門があり、山田さんは甲冑が専門。茶道専門の学芸員も在籍しているとのことで、日本文化の奥深さと同時に刀剣博物館の守備範囲の広さに感服。
北館の1階は売店、2階から4階が展示室になっています。2階と3階は北館と本館からなり、2階は日本刀と甲冑を主に展示する常設展示室となっています。
とにかく圧倒されたのは、その「数」。また、整然と並べられた刀剣を見ていくと、時代の流れがよくわかります。
刀剣は大きく直刀から湾刀へ変化し、湾刀も時代によって反りの大きさが変わります。甲冑も平安時代と戦国時代とでは、制作方法も見た目も大きく異なります。
私見ですが、そうした歴史の流れを知らずに国宝や重要文化財だけを見ても、「すごいね」「貴重だね」だけで「価値がよくわからないまま終わってしまう」と感じます。
歴史の流れを理解することで、より刀剣や甲冑の魅力、おもしろさが伝わります。その点、当博物館の展示は興味深く、質量ともに予想以上に見ごたえがありました。
刀剣だけじゃない!意外なものの充実に驚き
3階は弓矢・鉄砲ゾーン。思わず声を上げてしまったのがこのゾーンでした。
「刀剣博物館なのに、ものすごい数の鉄砲!」
このゾーンでは、火縄銃・古式西洋銃を中心に約350挺を常設展示。コレクションの充実ぶりに圧倒されます。ここをぐるっと一周するだけで、鉄砲の進化の流れを体感できるのです。
「名古屋は鉄砲の産地ではありませんが、系統立てて学べる場所として、来館者からも好評を得ています」と山田さん。
同じゾーンには弓も展示されています。一般的には武士といえば「日本刀」のイメージですが、鉄砲が登場するまで、実戦での主力武器は弓でした。
古くは武家を「弓馬(きゅうば)の家」と呼び、今川義元や徳川家康は東海道一の武将の意味で「海道一の弓取り」と称されたのです。
しかし弓は刀剣類に比べて美術的価値が低く、材質も朽ちやすいため、現存するものが少ないそうで、これもまた意義あるコレクションだといえるでしょう。
必見!姫君の乗った貴重な駕籠と皇室ゆかりの刀剣
非常に珍しい女乗物(女性用の駕籠(かご))が甲冑と同じフロアに鎮座していました。
なんとこの女乗物、日本全国で4挺しか現存していないのだそうです。山田さん自身もほかでは江戸東京博物館(東京都墨田区)でしか見たことがないといい、この資料的価値も大きいと話します。
2024年8月から12月まで開催中の企画展『平安時代の名品と皇室ゆかりの刀』に合わせて、4階では明治天皇の父・孝明天皇愛用の刀や平安時代後期の太刀(たち)などが展示。
当館の収蔵品の中でも、この平安時代後期の「太刀 無銘 古千手院」は国宝「短刀 銘 来国光(名物 有楽来国光)」と並んで希少なものだそうです。
武将にこだわった浮世絵コレクション
ほかに歌川国芳やその弟子の月岡芳年(よしとし)を中心とした浮世絵のコレクションも充実していました。
「浮世絵といえば喜多川歌麿の美人画や葛飾北斎や歌川広重の風景画が有名ですが、当館では、やはり武将にこだわって収集しています」
歌川国芳は「武者絵の国芳」と呼ばれるほど武者絵や合戦絵を得意とした絵師。その弟子・月岡芳年は、別名「血まみれ芳年」。浮世絵の一様式「無残絵(残酷絵)」を確立したことで知られます。
美人画や風景画とは異なる武将や合戦の浮世絵の世界を堪能できます。
かなり駆け足で見たつもりでも館内はかなりのボリュームで、気づけば2時間以上が経っていました。
開館が遅れた意外な理由~コロナ禍だけではなかった!
お話を伺うために、エレベーターで6階の広々とした畳敷きの学習室へ移動。
この博物館を開館しようと考えたきっかけは何だったのでしょうか。
「かねてからの歴史ブームもあり、現会長の長年のコレクションをこの機会に紹介しようということになったんです。県内の刀剣に関する博物館(熱田神宮や徳川美術館など)に続く新しい観光名所をつくろうと考えました」
当初2020年6月開館予定だった当館は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で開館が大幅に遅れました。さぞかし不安の中で開館に向けて活動されていたのかと想像していましたが、そういうわけでもなかったようです。
「開館が伸びる中で展示物や資料の収集を続けるうちに『もっと広い展示会場が必要』と判断し、展示エリアを広げたんです。ちょうど鉄砲が展示されていたあたりは、もともとオフィスとして使用されていたんですが、改装して展示室になりました」
なるほど、4年の間にコレクションがどんどん増えたために、より規模の大きな博物館になったのですね。
学芸員としての工夫とやりがい
山田さんをはじめ、当館の学芸員の主な業務は、展示品の管理や貸し出し要請への対応、次の企画展に関するアイデア出しなど。ショップや受付などで接客をすることも多いのだそう。
山田さんの専門である甲冑を展示する上での悩みは、古い鎧に折れ癖がついていて、腕の形などがまとまりにくいこと。
甲冑の形がわかりやすく、カッコよさがより伝わるように、細かい調整を何度もおこない、座りをよくします。
「たぶん、わたし以外は気にしていないかもしれませんが、自分でどうしても気になることがあると、閉館後にこっそり直すこともあります。自己満足でしかないんですけどね」
「少しでも武将が着ていた様子を再現したい、魅力を伝えたい」と考えるのは、専門家として当然のこと。こうした学芸員の皆さんの陰なる努力が魅力的な展示につながっているのだと感じました。
お殿様の御鷹場と日本甲冑武具研究保存会
お話を伺った山田さんは東京都国分寺市の出身。「国分寺市は江戸時代、尾張徳川藩の御鷹場(徳川家の狩猟場。現在は「お鷹の道」として整備)でしたので、名古屋とはまったく無縁なわけではありません」と笑顔を見せます。
子どものころから甲冑に興味があり、愛好団体(日本甲冑武具研究保存会など)への参加や書籍などで甲冑・刀剣について学びました。名古屋に来るまでは、中学高校の日本史と地理の教師をしていたのだそう。
現在は日本甲冑武具研究保存会の東京本部と東海支部で会員として活動しています。
保存会の活動の一つは、既存の資料でそれまで顧みられなかったものに光を当てて、新しい解釈を与える「掘り起こし」。時を経ると歴史の解釈は変化します。新しい解釈が生まれる場のことを想像すると、歴史好きとしてはワクワクが止まりません。
保存会の会員は全国で400名弱、東海地区には20~30名の会員がいます。会員には研究者やコレクターのほか、甲冑を制作修理する職人「甲冑師」や、画家などの芸術家、武道家などがいます。海外にも80人ほどの会員がいます。熱心なコレクターが多く、むしろ日本国内より勢いがあるとのこと。
外国人が日本文化を愛してくれるのはうれしいですが、やや複雑な気持ちにもなります。今後も歴史ブームが続き、日本人の中でも文化や伝統の担い手となる人が増えることを願います。
地元・ナゴヤへの貢献と連携
「名古屋にはまだ知られていない魅力的な場所がたくさんあるし、観光的に盛り上がる素質があります。でもそれを、よそに向けてうまくアプローチできずにいるように感じます」と山田さん。
確かにナゴヤ人には「地元愛」はあるのに、なぜか「地元は大したことがない」と考える人が多いのです。
「それなら当社のような企業が、にぎやかで派手なCMを打って宣伝して、認知を広められたらと思うんです」
引っ込み思案なナゴヤ民の代わりに全国に打って出てくださるのですね、なんとありがたい。
近隣の白川公園には名古屋市の施設である名古屋市美術館や名古屋市科学館があります。今後は、市美や科学館と当館とで連携をはかっていきたいといいます。
「本社は名古屋城との距離が近いおかげで、お城を訪れたお客様がついでに、本社内の刀剣ワールド名古屋・丸の内へも足を運んでくださるんです」
「丸の内」の地名の通り、城から東建本社までは歩いて13~14分という近さなのです。(ちなみに、名古屋城と東建本社のちょうど中間に中日新聞本社があります)
展示する上で意識していること
展示する際には、常に「歴史の流れやつながり」を意識しているといいます。
「推し武将の愛用品や推し刀工の作品はありますか?」「天皇家ゆかりの品を見たい」など、刀剣ファンからの問い合わせも多い中、所蔵するコレクションをどう紹介するか?が展示の肝となります。
「限りある収蔵品で、どういったテーマを組めるのか?そのテーマでどう見せていくか?は常に考えています」と山田さん。
刀剣・甲冑・武将を中心とした博物館ですが、2024年夏から年末にかけてはNHK大河ドラマ『光る君へ』に寄せて『源氏物語』の展示をおこなっていました(2024年12月22日(日)まで)。
「大河ドラマに縛られる必要はありませんが、やはり関心を持たれている事件や人物を取り上げていきたいと考えています。また、当博物館での展示を機に関心を持ってもらえるようになればうれしいですね」
訪れる人たちへのメッセージ
山田さんたちは、美術品を展示する以外にもっとできることがあるのではないか、と常に考えているそうです。
「たとえば、所有の刀剣を使っての刀剣鑑賞会やワークショップ、刀工や研ぎ師に仕事紹介をしてもらうトークイベントなどです」
当館ではネット上で動画発信もしていますが、それだけでは十分ではないとも。
「画面やケース越しではなく、目の前で作業を見たり本物の刀剣を手に持ったりすることを、より多くの人に体験してみて欲しいです」
最後に、名古屋刀剣博物館を訪れる人へのメッセージをお聞きしました。
「博物館には『こう見なくてはいけない』といった決まりはありません。どのような見方をしても自由です。今は歴史に興味がない方にも、ぜひお越しいただきたいし、歴史好きの方にはより興味がわくようなつくり方をしたいと考えています。
いろんな楽しみ方をしていただきたいし、わからないことがあれば、我々を使って欲しい、できる限りのことはしたいです」
「来館者から『数が多く見ごたえがある』などの感想を聞けるとうれしい」と山田さん。
取材の最中に、来館者から質問された山田さんはうれしそうに対応していました。学芸員のみなさんにとって、来館するお客さんは「刀剣や歴史を愛する仲間」なのだと感じます。
(取材・文・イラスト / 陽菜ひよ子 写真 / 宮田雄平)