MARKETING MAGAZINE
マーケティングマガジン
ナゴヤ愛
2021.12.21
第5回 ワクワクの先には有松がある
「有松・鳴海絞り」とは、名古屋市緑区有松・鳴海周辺で生産される絞りの染め物で、国の伝統工芸品に指定されています。後継者不足に悩むことの多い伝統工芸の世界には珍しく、有松・鳴海では若い人の活躍が目立ちます。20年勤務した名古屋市職員を辞め「ありまつ中心家守会社」を立ち上げた武馬淑恵さんもそのひとり。
武馬さんの経歴は華やかです。採用から13年目に市民経済局産業経済課の主査となり、伝統産業のイベントや商品開発などに関わったことがターニングポイント。
その後も企画や広報など華々しい部署への異動が続き、正直「このキャリアを捨てるのはもったいない」と感じました。その想いをぶつけてみると「よく言われます」とのこと。
市職員として終盤に配属された企画や広報では現場から離れてしまい、武馬さんがやりたいこととは少し違って来たのだそうです。市役所の中にいるよりも有松にいる方が、自分がワクワクする仕事ができるのではないか、と感じたことが、安定した公務員の立場を捨てる決め手でした。
関わった多くの伝統産業の中から「有松絞り」を選んだ理由は?の問いには、もともとファッションが好きだったこと、絞りには、できあがるまでに「楽しみ」があることをあげます。糸をほどき、開いてみないとどうなっているかわからない。そのワクワク感が他の染め物とはちがう絞りならではの魅力。
また、有松が生んだブランド「suzusan(スズサン)」は、ランプなどのインテリアに絞りを取り込み、早くから海外へ売り込んでいました。そうした意欲的な姿勢はほかの産地には見られなかったことなのだそうです。
職人さんの世界は、組合などの枠組を超えて活動することが難しい部分があります。しかし、今後発展させていくためには、縛りがない自由な立場で全体を取りまとめる活動が必要です。それなら自分にもできるかもしれない、と武馬さんは考えました。もちろんひとりではなく、一緒に会社を立ち上げたデザインリサーチャーの浅野翔さんや生産者のひとりである山上正晃さんの協力があったからだといいます。
有松天満社で開催中の「アリマツーケット」は、今後3月・6月・11月の年3回の開催が目標。2022年開催の国際芸術祭「あいち2022」で有松が会場のひとつに選ばれたことも追い風となっています。同様に会場となる繊維の街「一宮」や焼物の街「常滑」との連携も見据え、ワクワクは尽きません。
もちろん、後継者の育成にも取り組んでいます。事業として継続するためには、技術だけでなく収益化に向けたノウハウの指導や、活動する場の提供が必須。課題が多く、大変なほどやりがいを感じるそうです。
有松は、江戸時代から残る町並みも国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。近隣には桶狭間などの古戦場や鳴海・宮などの宿場町、現在も一里塚の残る笠寺などがあり、歴史的な名所が点在します。惜しむらくは各名所を結ぶ交通の便が悪いこと。今後は交通網の整備も目標に掲げます。
「ナゴヤの人は『ナゴヤには何もない』と言いがちだけど、有松の人はそんなことは言いません。『有松には絞りがある。祭りがある。町並みがある』って言うんですよ」と武馬さん。
そうした有松の「人の魅力」こそが、武馬さんを引き付けた一番の理由、なのかもしれませんね。