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東海エリア探訪記

限界集落を支えるバス[ 三重県 松阪市 ]

2021.12.15

山里に暮らしてみたい。海辺もいい。ことあるごとに考えてきた。定年退職したら移住したいと思い描いている人は少なくないだろうが、コロナ禍でリモートワークが広がったのを機に、実行に移した人もいる。
 長年の夢がかない、かつて宇気郷村と呼ばれた松阪山中の限界集落に滞在した。一週間ほどの短い期間ではあったが、澄んだ水の流れる川のほとりにたつ古い木造家屋に仮住まいしながら、田舎暮らしの夢と現実が見えてきた。
 宇気郷村は1955年に嬉野町と松阪市に分かれ、2005年に嬉野町は平成の大合併で松阪市に吸収された。歴史的な経緯もあって、地元の人は山ひとつ隔てて広がる集落を「嬉野の宇気郷」「松阪の宇気郷」と呼び分けている。65歳以上が7割を占める高齢化地域で、人口の流出に悩まされてきた。スーパーもコンビニもない地域で、生活を成り立たせるには車で40分ほどかかる松阪の市街地に行く必要がある。運転できなくなれば暮らすのが難しくなるため、3種類のバスが村と街を結んでいる。
 嬉野側からは近鉄の伊勢中川駅まで市営のコミュニティバスが、松阪側からは路線バスが松阪駅まで出ているほか、スーパーのマックスバリュを結ぶ買い物バスがある。このうちコミュニティバスに何度か乗った。下りは8時台、12時台、14時台、18時台の1日4便、上りは7時台、9時台、16時台の3便ある。月・水・金と火・木・土で途中のルートが異なり、日曜日は運休する。車で行けば20、30分の距離だが、ぐるぐる遠回りするので1時間と少しかかる。料金は距離に応じて片道100円ないし200円と低く抑えられている。
 バスとはいっても10人乗りワゴン車で、乗り合わせた乗客はみなお年寄り。だれかが乗るたびに軽く挨拶が交わされる。乗り込むまで付き添ってきた家族が運転手に声をかけ、朗らかにまた走り出す。同じ停留所からいつも同じ人が決まった時間に乗ってくることもあるようだった。ほとんどは途中にある病院かスーパーで降り、駅まで行く人は少なかった。
 買い物バスは直接、スーパーと「村」を結ぶ。同じく10人乗りのワゴン車で、週一回、特売日に無料で往復する。中古のバスは住民組織が寄付を集めて購入したもので、運転手とガソリン代はスーパー側が負担する仕組みになっている。路線バスについては利用者不足で2001年に廃止されたが、廃止代替バスとして松阪市が自主運行している。終点の宇気郷まで870円だったが、利用推進のために600円の上限を設けた。それでもコミュニティバスや買い物バスに比べて高価なのは否めず、住人によれば、だれも乗っていないことも少なくないとのことだ。
「それでも村の人と顔を合わせるのを嫌ってコミュニティバスや買い物バスを使わず、こっそりとワンマンバスで買い物に行くお年寄りもいます。その気持ちに寄り添うことで、いろんな現実が見えてきます」
 廃止してしまえば逃げ場を失いかねない人がいるなかで、いくつかの選択肢が用意されていることには、「公共」の意味を考えさせられる。住む人を失った空き家が「村」には点在し、売りに出ている家や、すでに朽ちて崩れた家もある。なにも宇気郷に限らず全国的な問題で、山間部をとらえた空撮写真を1970年代と現在で比べると、集落や田畑が山に飲み込まれ、風景が一変しているところが少なくない。
 こうして村には空き家が増える一方なのだが、田舎暮らしにあこがれ、都会から移り住んでくる人もいる。若い家族連れや、独身の女性が何年か前から宇気郷の集落に暮らしはじめたと聞いた。

コミュニティバスのバス停。
限られた便ではあっても、あるとなしとでは大ちがい。

文・写真/増田 幸弘(編集者)

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