MARKETING MAGAZINE

マーケティングマガジン

ナゴヤ愛

2022.12.21

第11回
元鉄道マン、名古屋落語のレールを敷く

 全国に約1000人いる落語家のうち、名古屋には何人いるかご存じでしょうか?約600人が東京、約300人が大阪。そして名古屋の落語家は、なんと4人!

 2021年、名古屋落語界に13年ぶりに誕生した、4人目の落語家が、登龍亭獅鉃さんです。

▲大須のシンボル・招き猫と獅鉄さん

 2018年、獅鉃さんは28歳で登龍亭獅篭師匠に入門。

 当時、名古屋には前座がいませんでした。獅鉃さんは、前座の仕事も作法もすべて、東西(東京や大阪)の兄さん方から教わったのです。東西で作法が異なる場合、どちらを取り入れるかを決めるのも獅鉃さんの仕事。つまり、獅鉃さんの決定や行動が今後、東京とも大阪とも違う、名古屋落語界独自のルールになります。

 落語のような伝統芸能の世界は「前例主義」です。獅鉃さん自身が前例を作り、「名古屋の落語家ができること」の幅をどれだけ広げられるか。それを常に考えるといいます。

 たとえば、2022年1月には吉本興業主催のピン芸人コンクール「R-1グランプリ」に出場。惜しくも2回戦で敗退しますが、獅鉃さん曰く「私が出場したことで、後輩が続くことができます」『出場した』という事実が大事なのだそう。

▲名古屋落語の本拠・大須演芸場

 落語界では通常、できるだけ多くの師匠に稽古をつけてもらいます。これは「一人の師匠だけに習うと、その師匠のクセがつく」と言われるから。また「若手は流派に関わらず、落語界共通の財産」という意識があるためだとか。

 名古屋では、古典落語を習うなら幸福師匠が中心です。獅篭師匠は「本番を見て覚えろ!」派、福三兄さんは新作落語がメイン。頼みの綱の東西の師匠方は、コロナ禍で来名がすべてス トップしてしまいました。 

 こうして多くの師匠から古典落語を習うことが難しくなった獅鉃さん。彼が編み出したのが、元鉄道マンという経歴や演劇経験を活かした新作落語です。

 身振り手振りを交えて、全力で演じる様子はものすごい迫力。お客さんは拍手喝采。落語会後のグッズ販売でも飛ぶように売れていきます。

▲落語会@和かふぇ冨士屋(2022年6月)
▲落語会@喫茶スーズ焙煎所(2022年9月)

 面白い噺を作る秘訣は?意外にも「『面白いもの』を作っちゃダメだと思っています」と獅鉃さん。え?それは一体どういう意味?「『面白いもの』とは、すでにある、既存の価値観です。私は『今までにないもの』を作りたい。『こんなの初めて見た』とお客さんに言わせたいんです」

 獅鉃さんが、落語の新しい可能性を見出しているのがイベントとのコラボ。たとえば、防災イベントで防災がテーマの落語を披露し、好評を得ています。 これからの落語界については、「地域性が求められていく」と考えているそうです。長く東京と大阪の二極集中の続いた落語界。しかし最近は地方のアマチュア大会のレベルが高く、地元での活躍の場が広がって来ています。

 獅鉃さんの目標は、名古屋を舞台にした自作の落語が名古屋の落語家たちに受け継がれていくこと。遠い未来には、名古屋を舞台にした落語が、古典落語と呼ばれるようになっていくこと。

 そんな目標を胸に、元鉄道マンの落語家は、今日も名古屋落語界にレールを敷きつづけます。

(写真撮影:宮田雄平)