MARKETING MAGAZINE
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INTERVIEW
2021.06.14
世代を超えて広がった「声なき声」への共感
ーー 町田そのこさんの『52ヘルツのクジラたち』が2021年の本屋大賞を受賞されました。まずはおめでとうございます。
東山 ありがとうございます。町田さんはこれが初めての長編ですが、多くの読者に受け入れられる作品だという手応えがありましたし、全国の書店員さんにいちばん売りたい本として選んでいただけたので本当に嬉しく思っています。
ーー 本屋大賞以外でも読書メーターの2020年の年間総合ランキング1位、『王様のブランチ』BOOK大賞など、数々の賞を受賞しました。この本は、DVや貧困、トランスジェンダーなど、さまざまな社会問題を含んだ内容となっていますが、多くの読者に受け入れられた理由をどのように分析されていますか。
東山 現代は、人と人との関係性が希薄になっている時代です。自分の悩みや迷いを誰かに打ち明けたいという気持ちは昔も今も変わらないと思うのですが、虐待や貧困といった深刻な話はなかなか簡単に声を挙げられません。SNSが普及して個人の発信がしやすくなっているとはいっても、リアルな人間関係でない以上、やはり孤立感や孤独感は解消されません。コロナ禍で人と会いづらくなったことも、こうした状況に拍車をかけています。実際の読者の感想を見ても、「勇気づけられました」とか「一歩踏み出してみようと思いました」といったものが多いので、問題を抱えて苦しんでいる人にしっかり届いているんだなという手応えがあります。
ーー 年齢層は若い方が中心ですか。
東山 発売前はそう思っていましたが、ふたを開けてみると老若男女まんべんなく読んでいただけています。書名にある「52ヘルツ」というのは、クジラの鳴き声のなかでも、他のクジラには聞こえない高い周波数の声を指すのですが、52ヘルツの声なき声に気づけるような人でありたいという反応が少なくありません。実際に問題を抱えて苦しんでいる若い世代だけでなく、心ある親世代や教育関係者にも届いているんです。
ーー 私も読ませていただきましたが、新聞制作に携わる者として、こうした声に気づける人間でありたいという感想を持ちました。さまざまな立場の人に訴える内容だからこそ、幅広い層に支持されるのですね。先ほど、コロナ禍というお話が出ましたが、書店も休業や時短で苦しい状況ではないかと思います。書店の反応はいかがですか。
東山 たしかに緊急事態宣言で休業や時短を余儀なくされる書店もありますが、これまでの経験を踏まえて、感染対策をしながら冷静に対応されているという印象も受けています。書店員の皆さんにとっては、『52ヘルツのクジラたち』に対して自分たちが選んだ本だという思い入れがあるようです。休業中の書店さんからは、「クジラを腐らせないようにしっかり冷凍保存しておきます」というメッセージをいただきましたし、時短営業中の書店さんからも、「多くの人に手に取ってもらえるのが嬉しい」といった声が届いています。本当は全国の書店さんでサイン会なども開催したいのですが、しばらくは無理なので、読者限定のオンライントークショーなどは検討したいと思っています。
ーー 私たち新聞社としても、出稿いただいた広告を紙面掲載するだけでなく、書評や記事といった形でも紹介させていただいています。効果はいかがでしょう。
東山 東京新聞の書評欄「東京ブックカフェ」で1月11日に取り上げていただいた際はありがとうございました。本屋大賞のノミネート発表がちょうどこの直後だったこともあって、高い周知効果がありました。この本は、単純に「感動して泣けました」という作品ではなく、社会問題とリンクしているので、新聞の書評欄とは親和性がありますし、単に売れているということだけでなく、多くの読者を獲得したのはどのような背景があるかまで掘り下げていただけたからこそ、効果があったのだと思います。
ーー あの書評は非常に好評で、東京新聞が運営する子育て世代向けのウェブサイト「東京すくすく」にも再掲載されました。大きな反響があり、読者の方から寄せられたコメントはどれも熱いメッセージばかりでした。読者の心の深いところに届いているということでしょうね。今後の展開で話せることがあればお聞きしたいのですが。
東山 町田さんの次回作への期待の声を多くいただき、秋ごろには出版できるよう準備を進めています。また、『52ヘルツのクジラたち』についても、映像化の話も来ていますので、さまざまな形で見ていただけると思います。
ーー 単なるエンタメにはとどまらず、広く社会に影響を与えられる作品ですね。今後の展開にも期待しています。最後に、新聞、もしくは新聞広告に期待することがあればお話しください。
東山 近年、新聞の発行部数が減っているという現状は耳にしていますが、だからといって新聞広告の価値が下がるとは、私は思っていないんです。私たち出版社が出す本の初版部数はせいぜい数千部。それに比べて新聞は、地方紙も含めれば年間で何千万部という数が家庭に届けられているわけですから。それに、本を読む層と新聞を取っている層とは間違いなく重なっているので、先ほどの書評のような記事を掲載いただくことで、私たちがつくる本を多くの読者が手に取るきっかけにもなると思います。読者と文化の橋渡しをする役割を期待していますので、今後ともよろしくお願いします。
ーー 大変嬉しい言葉をいただきました。本日はありがとうございます。
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