MARKETING MAGAZINE

マーケティングマガジン

ナゴヤ愛

2024.07.30

第20回
災害時でもおいしく食べられるロングライフパン、コモパンの長持ちとおいしさの秘密

2024年元日から能登半島を襲った大地震は日本列島を文字通り揺るがしました。あらためて、災害に対する備えの重要さを痛感した人も多かったのではないでしょうか。

愛知県小牧市の(株)コモは、ロングライフパンのパイオニア。過去の災害時には迅速に被災地にパンを供給し、その信頼性が広く認知されています。厳しい基準をクリアして自衛隊や米軍にコモ商品、生協や大手スーパーにプライベートブランド商品を提供しています。

長持ちするだけでなく、そのおいしさにも定評のあるコモのパンの秘密は、その製造方法にあります。

(株)コモ取締役・営業本部長の中島文孝さんと、長くコモで製造部長を務め、現在はコモの物流部門を担うコモサポート(株)代表取締役の榊剛弘さんにお話を伺いました。

(株)コモ取締役・営業本部長の中島文孝さん(左)とコモサポート(株)代表取締役の榊剛弘さん(右)
※現在のコモパンの賞味期限は60日に伸びている。

コモのパンが長持ちする理由

通常のパンは「ドライイースト」という酵母を発酵させて作りますが、コモのパンはイタリアの伝統的な「パネトーネ種」という酵母と乳酸菌が共存する複合酵母を使用。 パネトーネ種は酸性度が高く、水分も少ないため、微生物の発育が抑制されることから、長期保存が可能なのです。

「パネトーネ種」について調べてみると、イタリアには「パネトーネ」という菓子パンがあることがわかりました。近年、日本でもブームになっているドイツの「シュトーレン」に近いもので、同様に伝統的に食されているとのこと。

菓子パン「パネトーネ」の製作工程は非常に手間がかかるそうです。イタリアの家庭でも作ることが少なく、専業の職人によってのみ作られる特別な存在。日本でいえば、おせち料理の中でもとくに難しい黒豆の煮込みのような位置付けでしょうか。

「実は当社でもパネトーネ種でシュトーレンを作って販売したことがあります」と榊さん。

コモのシュトーレンはラインで作ることができません。「担当者の負担があまりにも大きすぎたので今は製造していません」とのこと。うーん、残念!

扱いが難しいパネトーネ種

パネトーネ種は、非常に繊細で扱いが難しいため、コモではすべてのパンを小牧市の工場で製造して全国に発送しています。

コロナ前はパネトーネ種の母国イタリアへ、年に一度新しい種を受け取りに行っていました。コモではパネトーネ種を的確に扱っているため、本来は更新する必要はありませんが、本国との交流のためにおこなっていたといいます。

繊細なパネトーネを扱うため、更新の際は、できあがりの時間を見計らってイタリアの工場を訪問。受け取るとすぐに飛行機で帰国するという、タイトなスケジュールだったそうです。

「慎重に保冷ケースに入った頑丈な包み、しかも中身は数Kgもあり、はっきりいって怪しかったと思います」た、たしかに・・・

「冷や冷やしたことはなかったんですか?」「実はあります」と榊さん。

パネトーネ種の「ハードボイルドな事件」と「元種製法」

榊さんたちが フランクフルトの空港で手荷物検査を終えて身支度をしていると、空港の職員が手伝ってくれました。ところが、同行者の荷物は通常の旅行者が持つにしては重すぎるのでは?と問題となり、別室に連行されそうになったのです。

「包みは紐で頑丈にしばってあるんですが、ほどき方に決まりがあって、間違えると爆発するんです」とのこと。「ええっ!」

酵母の発酵をしばって止めているので、ほどくとそれが一気に解放されてしまうのだといいます。なんとかして包みを開けるのを止めなくてはいけません。

榊さんが工場の発行した証明書を見せながら必死に説明すると、空港の職員が「パネトーネ、ボーノ(イタリア語で「おいしい」の意)!」と叫んで納得。なんとか一件落着したのだそう。

そんな本国イタリアへの訪問もコロナ禍では不可能に。そこでコモでは、パネトーネ種を自社での管理に切り替えました。コモでは、元種を丁重・適切に扱うだけでなく、イタリアの伝統的な製造法である「元種製法」をしっかりと守り続けています。

ロングライフが可能にしたパンの運搬方法

通常のパンメーカーとの違いの1つは、パンの運搬方法。消費期限の短いパンは通常、近隣の工場から「番重(プラスチック製の薄型コンテナ)」に入れて運ばれます。

しかし、コモではパンを「段ボール」に詰めて発送します。コモのパンは賞味期限が長いため、遠方に運ぶことも、店舗で在庫を保管しておくことも可能だからです。

駅の売店や道の駅、サービスエリアなど、短いスパンでの管理が難しい店舗や通常のパンの流通が不可能な辺境地こそ、ロングライフパンの出番だといいます。同様にパンでは珍しい自販機でコモを知った人も多いのではないでしょうか。

「コロナ禍では最初にコンビニの売上が止まり、復活したと思ったら、自販機が全滅しました。自販機は、企業や学校、観光地などに置いています。人の動きがストップしたら、売上はゼロに近い数字になります」

その半面、通販や宅配は好調でした。「コモパン50個セット」は通常の家庭への販売は想定していませんでしたが、買いだめをする家庭が増え、通販での売上No1を計上。それを契機に名称を「備えて安心セット」に変更したそうです。

手間のかかる子ほどかわいい?パネトーネへの尽きない愛

お話のあとは、工場を見学。体温を測り、つなぎと帽子で全身をすっぽり覆います。入り口で2回全身の埃を取り、その間にエアシャワーで埃を吹き飛ばし、最後に念入りに手を洗って準備完了。

中に入ると「コモパンのにおい」が広がります。実は筆者、大のコモパン好き。備蓄用に購入するもすぐに食べてしまい、備蓄にならないのが悩みなほど。

36メートルあるオーブンの横を通って資材の保管室へ向かい、2階に上がると噂のパネトーネ種の管理室へ。暗証番号を入力しないと入れないため、この部屋に入れる人は限られているのだそう。

(左)母なるパネトーネの鎮座する「マザー室」。ブルーのつなぎを着た筆者が映り込む。
(右)ドアの上には非常回転灯が設置されていた

パネトーネ種の白い包みを触り、手に持つと、予想以上に硬くてずっしりと重く、フランクフルトでの事件にナットク。

榊さん、パネトーネ種の包みを抱えると「我が子のようにかわいいんです」と目を細めます。

工場では、夏季限定のデニッシュオレンジヨーグルトを製造中。生地をかくはんするとポコポコと音がします。「こねる様子や音が本当にかわいくて。いつまで見ていても飽きません」と榊さん。

取材を申し込んだとき「パンへの愛は負けません」とおっしゃっていた通り、工場案内は、榊さんの「パン愛」にあふれたものでした。

デニッシュオレンジヨーグルトができ上っていく工程。このあと発酵して焼き上げるため、ここから完成まで1日以上かかる。

コモ工場の秘密その1:「巨大な醗酵室」で長時間発酵が可能に

通常のパン工場とは異なり、コモの工場には2つの大きな特長があります。その1つが巨大な発酵室。

コモでは、パネトーネ種の持つ力を最大限に生かすために、約10時間かけてパンを発酵します。通常のパンの発酵時間が約1時間なので、10倍もの時間をかけていることになります。大量のパンを同時に発酵するため、巨大な醗酵室が必要なのです。

コモの醗酵室。同時に50万個のパンが発酵できる

コモ工場の秘密その2:「巨大倉庫」で災害時すぐの発送が可能に

コモのパンは、被災地での救援活動にも利用されています。コモの工場にある2つの特長のもう1つが、大きな倉庫です。コモでは一日に約3万ケース製造できます。その中からコツコツ備蓄しているとのこと。

「災害があればすぐに送れるように準備しています。元日も地震が起こると駆け付けて、工場や倉庫の無事を確認して、今後の依頼や要請にお応えできるようにしました」と榊さん。

コモサポートの倉庫内。常時10万ケースを備蓄して有事にも対応できる

コモのパンは製造に約3日かかります。在庫がなくなるとすぐには備蓄できません。

災害で倉庫が空っぽになると、通常土日休みの工場を休みなしでフル回転して備蓄をある程度の量まで確保するのだそう。こうした企業努力が被災者支援を支えているのです。

災害時こそ「いつもの味」「おいしい」が大切

コモパンはおいしく長持ちですが、発酵だけで10時間など、製造には非常に手間がかかります。創業者の方は、このような手間のかかるパンを、なぜ作ろうと思ったのでしょうか。

「創業者はイタリアでパネトーネ種のパンに感動して、どうしてもこれを日本で広めたいと考えました。ただその情熱だけです」

パネトーネ種への入り口が「長持ち」ではなく「おいしさ」からだった、というのは驚きでした。

榊さんは、コモパンの「おいしさ」こそが災害用として非常に重要だといいます。

災害対策の一つに「ローリングストック」という考え方があります。保存食を別で備蓄するのではなく、普段から食べているものを余裕をもって購入、備蓄して、消費と備蓄を繰り返していく方法です。

「これまで保存食は、『いかに長持ちするか』ばかりが考えられてきました。もちろんそれも大事ですが、『いかに自然に食べられるか』が大切です。日々食べているものを災害時に食べるだけで安心できます」

コモのパンは口の中で固まらず、水分がなくても飲み込みやすいといいます。飲料を確保しにくい状況でも食べやすいことも災害向けであるゆえんです。

工場で製造していた夏季限定のデニッシュオレンジヨーグルトとデニッシュレモンヨーグルト。
周りのマスコットはオリジナルキャラクターの「コモブラザーズ」

効率化より伝統を守りたい

現在、榊さんたちを悩ませているのが、円安と物価高だといいます。小麦、カカオ、オレンジなど、気候変動で採れなくなってきていることも大きな問題です。決算はきびしい状態が続いているといいます。

外部からは「もっと効率化して利益を」といわれるそうです。それでも「イタリアの伝統的な製造方法を守りたい」コモ創業者から伝わるその想いを大切にしたい、と榊さんは話します。

あとがき~11年のときを超えたインタビュー

榊さんにはじめてお会いしたのは、2013年のあいちサイエンスフェスティバル(愛知県全域の大学を中心に開催される地域科学祭)でした。

書店の一角で開催されたトークイベント「コモパンがおいしく長持ちする秘密」に榊さんが登壇、筆者はファシリテーター(司会)を務めました。

満席で大盛況。熱気あふれる中「発酵好き」の参加者から多くの質問が飛び交った。
(2013年の写真のみ、撮影:宮田雄平)

この日、コモパンでは発酵に10時間かけると聞き、筆者は思わず榊さんに「採算は合うんですか?」と尋ねたのです。榊さんの答えは「なかなか難しいんですが、販売面の努力でカバーしています」でした。

今回「販売面の努力」を具体的に聞いてみました。すると「取引先ごとに納品のやり方を変えてコストを最適化しています」との返答。それはとても大変なのでは?

「非常に手間はかかります。でも、本当においしいパンを届けるために頑張っています」とのこと。

「コモのパンはパネトーネの種、菌の頑張りが命。我々はそれをお手伝いするだけ。菌を触っているだけで幸せです」と榊さん。

榊さんのコモパン、そしてパネトーネ種への愛は相当なものです。

この連載のテーマ「何かを愛して愚直に頑張っている人、企業にスポットを当てたい」にこれほどふさわしい人、企業があるだろうか」としみじみ感じたのでした。

(取材・文・イラスト / 陽菜ひよ子)