MARKETING MAGAZINE

マーケティングマガジン

ナゴヤ愛

2024.03.22

第18回
まいあめの目指す「地域コミュニケーション」
飴と銭湯オフィスが紡ぐ新しい価値観

 「関西のおばちゃん」を揶揄するたとえ話として、必ずといっていいほど登場するのが「飴ちゃん」という言葉。ただの「飴」ではなく「飴ちゃん」と擬人化しているところが特徴的です。

 「飴ちゃん」はただの「飴」ではなく「コミュニケーションツール」だ、と考えたところから、「飴を広告に」することを思いついたのが、名古屋市西区にある株式会社ナカムラです。

 ナカムラの「まいあめ(組み飴)」は、直径わずか2センチほどの小さなもの。しかし、その小さな飴に文字を入れることで、「人の心を動かすツール」となるのです。

まいあめ(株式会社ナカムラ)の中村慎吾さんと藤井佐枝子さん

飴の持つチカラ

 ナカムラは「駄菓子」の卸会社です。ナカムラのある名古屋市西区は、お菓子問屋や菓子メーカーが多く、「おかしのまち」と呼ばれています。

 熱々の飴を練っている動画が「スライムみたい!」と海外でバズったことから、ナカムラの「まいあめ」は世界有数の企業やセレブから注目されるようになりました。中日ドラゴンズや名古屋グランパスなどスポーツチームとのコラボをはじめ、華々しい実績は枚挙にいとまがありません。

中日ドラゴンズとのコラボグッズ「ドラゴンズキャンディ―」では、球団マスコットの「ドアラ」を組み飴の技術で表現。2018年から2021年まで販売された。©中日ドラゴンズ

 まいあめの事業を通じて、「飴の持つ力」を実感したという慎吾さん。その象徴的な出来事が2020年コロナ禍の中で制作した「手洗いうがい飴」です。

 コロナ禍で声をかけ合うことすら難しい中で、「無言で渡しても『想い』の伝わる」飴は、当初100セットのみ無償で配布したもの。しかし大反響となり「売ってほしい」という多くの声にこたえて販売に踏み切りました。

飴は一つずつ個別包装されているため、安心して手渡せる

銭湯をオフィスにした理由とは?

 そのまいあめが「白菊温泉という『銭湯』にオフィスをお引っ越しした」といいます。「銭湯にオフィス?」と興味津々で、詳しいお話を伺うことにしました。

2020年まで営業していた白菊温泉(名古屋市西区枇杷島)。かつてこの地域は「白菊町」という地名だった。

 日本中の銭湯が次々と姿を消す中、白菊温泉は2020年まで営業を続けていました。しかし、コロナ禍のダメージの上にボイラーの故障が追い打ちをかけて廃業することを決定。建物の2階以上が集合住宅のため、廃業後は1階の銭湯部分のみ、骨組みだけ残して撤去されることになりました。

 白菊温泉の廃業を知ったころ、前のオフィスが手狭になり「新しいオフィスを探さなくては」と考えていたところだったという慎吾さん。「引っ越すなら、ここ(白菊温泉)がよいのではないかと考えました」

 もともと慎吾さんは、この近所に住む友人宅によく泊まりに来ていて、白菊温泉もよく利用していたといいます。

 「『地域を見守り続けてきた場所』をスケルトンにするのは悲しい。歴史をつぶすのは簡単だけど、もう一度作るのは難しい」そう考えた慎吾さんは、銭湯をオフィスにリフォームすることを決めました。

エントランスに設置した足湯は新しいものだが、営業当時の湯船と同じ配色のタイルを使用。往時の白菊温泉を感じられるようにした

飴×銭湯でコミュニケーションを活性化

 まいあめにとって、銭湯は「シンパシィを感じる存在」だといいます。銭湯はただのお風呂ではなく、漫画『テルマエ・ロマエ』に登場するような社交場、つまり「コミュニケーションの場」でした。

 「『裸のお付き合い』ですよね。男湯ではいつもドラゴンズの話で盛り上がって、女湯からは笑い声が聞こえて。ほかの場所で会ったら話すことがない人同士も、銭湯で会えば会話が生まれるんです」

 また、「駄菓子」と「銭湯」は、「衰退の様子」も似ているといいます。「駄菓子屋さんはスーパーやコンビニに、銭湯はスーパー銭湯に取って代わられました」だからこそ、このまま廃業するのはもったいない。何かおもしろいことに使えたら、と考えたという慎吾さん。

 工事が始まると近隣では「なにができるの?」と話題に。カフェコーナーができあがってくると、「カフェができるの?」と近所の若い主婦たちが見に来ました。「ごめんなさい、オフィスなんです」と佐枝子さんが伝えると「まいあめさんが来るの!」と喜んでくれたといいます。

来社する取引先同士のコミュニケーションの場になればと設置したカフェコーナーは社員からも好評。奥は「虫よけ」を間仕切り代わりに利用した打ち合わせ室。

 以前のオフィスは、同じ学区内ではありますが、白菊温泉からはやや距離があります。しかしまいあめは、ハロウィンや幼稚園バザーなどで飴を配布しており、もらったことがある子も近隣に大勢住んでいます。

 すでにまいあめを知って、「身近に感じてくれている人が多い」ことに改めて気づいたという慎吾さんと佐枝子さん。これまで地元の人々とコミュニケーションを取ってきた賜物です。

 完成したガラス張りの開放的なオフィス。来客とのコミュニケーションの一助のために導入した、家庭用ロボットLOVOT(らぼっと)の姿を外から見かけると、手を振っていく小学生も多いのだとか。

通りからもよく見える開放的なオフィス外観。随所にタイルなどを使用し、「銭湯を感じさせる」つくりにこだわる。

銭湯オフィス=「地域に寄り添う」新しい価値観の提供

 「僕らのいる菓子業界は、どちらかというと衰退産業です。通常の企業は利益を上げて『会社を大きくすること』が目的だと思うのですが、僕らのような衰退産業では、莫大な利益を上げることよりは『技術を残すこと』が目的なんです」

 もともと「まいあめ」をはじめたのも、少子化で駄菓子屋が激減し、市場が縮小する中、「おかしのまち、西区に伝わる組み飴の技術を後世に残したい」と考えたのがきっかけだといいます。

 今後は労働人口が減り、社員を採用できないと会社の存続すら危ぶまれる時代です。「人材は宝です。関わってくれる人を大切にしたい、働く人が『誇り』に思えるような会社にしたいと考えています」。今後、社会問題に答えるための新規事業を立ち上げ、「環境にやさしい飴」をつくる予定なのだそう。

 また、「白菊温泉にオフィスを構えること自体が、まいあめ(ナカムラ)にとって『ブランディング』にもなる」と慎吾さん。

 「近隣は住宅街で、通常はオフィスに向いているとはいえませんが、『地域に寄り添う』という新しい価値観を生み出せると感じています」

 取材をした1月半ばには社員を募集中でしたが、「ありがたいことに多数の応募があります」と佐枝子さん。「おもしろいオフィスで周りに自慢できるから」という理由で応募する人もいるといいます。ユニークな人材を集めるには、まずはユニークな試みから、ですね。

「銭湯と飴」という「文化」を次世代につなげたい

 歴史を持つ銭湯=「場」とまいあめ=「製品」を「文化」として、次にバトンをつなげていきたい。特に自身に子どもが生まれてからは、「どうしたらいいバトンを次の時代に渡せるか」を常に考えるようになったという慎吾さん。

 「心を豊かに楽しく働きたい。その上で文化をつないでいきたい」といいます。

 慎吾さんにとって「理想の仕事」とは、「好きなこと」を「自分らしく」して、さらに「人にため」になっていること。「そうした場を社員に提供できるようでありたい。それが経営者のつとめだと考えています」

 工事前の白菊温泉
上記写真と同じ位置で撮影したオフィス。中央グレイ部分はボイラー室へのドアだったのだそう

  

 「銭湯」も職人さんのつくる「組飴」も、懐かしくも温かみのあるもの。まいあめの新しいオフィスも、誰もが心にもつ大切な部分がほんのりと温かくなるような、そんな場所でした。ここからさらに新しいもの(でもきっと懐かしく温かいもの)が生み出されることを思うと、楽しみでしかありません。

 ちなみに、筆者はこの近くにある小学校の出身でバリバリの元地元民。子どもの頃より馴れ親しんだ「白菊温泉」の景色が消えずに済んだことで、お二人にお礼を言いたい、そんな気持ちで胸いっぱいになりながら、オフィスを後にしました。

(取材・文・イラスト / 陽菜ひよ子)