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ナゴヤ愛

2023.06.28

第14回 よいものは「よい型」から生まれる

  古くから栄えた常滑焼の産地・愛知県常滑市。マエダモールドは、常滑焼の茶器や置物などの型をつくる石膏型メーカーとして1954年に創業。現在では、焼き物以外にも建材や文化財修復用の型など、さまざまな製品を手掛けています。

 2000年頃から窯元の廃業が増え、陶磁器業界に陰りが見え始めます。家業の衰退する様子を見て心を痛めていたのが、前田茂臣社長の妻の一美さんです。

▲人工ボディー事業部長の前田一美さん

 結婚して故郷の長野県から常滑に来た一美さんは、マエダモールドの職人の技術を見て感動したといいます。「最高だと思いました。今もウチの職人は日本一だと思っています。」

 職人の技や家業を守りたい一心で、一美さんがはじめたのは「医療用エピテーゼの製作」です。エピテーゼとは、主に欠損した体の一部を補うために体に貼りつける人工物のこと。

 シリコン製のエピテーゼの型をマエダモールドの技術でつくれると一美さんは考えました。2009年からエピテーゼづくりの基礎を学び、全幅の信頼を寄せる工場長の末永氏と共に試行錯誤すること2年。 

 2011年に、人工ボディー事業部が発足。商品化で一美さんがこだわったのは、いかにして品質を下げずに安価に提供するか。現在の日本では、エピテーゼは全額自己負担です。患者の負担を少しでも減らしたいと、マエダモールドのエピテーゼはフルオーダーでも60万円台と、他社と比較して低価格。規格品なら20万円以下での購入も可能です。 

 規格品もオーダー品も品質に違いはありません。オーダー品は自分の肌の色や体のサイズピッタリに作れますが、ほとんどの人は既製品で十分だとか。いくつかのサイズや色から選択可能なため、ブラジャーやファンデーションのように選べます。

▲左のタイプはつけたまま温泉にも入れる

 見せていただいた人工乳房、リアルさにドキドキしました。ハリウッドの特殊メイクの道具を輸入して色付けしています。

 マエダモールドのエピテーゼは地元テレビ局でドキュメンタリーがつくられ、番組は数々の国際的な賞を受賞。

 番組に登場するのは、全身やけどを負った女性。エピテーゼは乳房だけでなく、耳や指や顔の一部など、体のどこでも制作が可能です。最初に取り掛かったのは、マスクをつけるための「耳」でした。 

 ただ耳を貼りつけるだけではなく、マスクをつけて引っ張る強度に耐えうるものをつくるのに苦労したと話します。 

 筆者も番組を視聴。エピテーゼができあがって行くごとに、女性の表情が明るくなっていくのがわかりました。 

▲巨大招き猫・とこにゃんがお出迎え

 現在は全国から問い合わせが来ます。東京に本拠を移しては?とも言われますが「常滑で職人がつくる」ことにこだわり続けています。

 「エピテーゼは失った体の代わりにはなれません。それでも患者さんの生活の質を上げるお手伝いが少しでもできれば」と一美さん。 

 「生活の質を上げる」とは、体の一部を失う前の生活に少しでも近づけること。そのためには、アピアランスケア(見た目のケア)は重要です。今後は「抗がん剤などで毛が抜けた人へのカツラやリハビリメイクなどとチームで、患者さんの生活向上の手助けをしていきたい」と話します。

▲一美さんと夫で社長の茂臣さん

(写真撮影:宮田雄平)