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東海エリア探訪記

2023.06.28

家族という幸せのかたち[ 三重県 大紀町 ]

大紀町の豊かな自然に抱かれるように、平野さん夫婦は子育てをしている。(写真=ご家族提供)

   豊かな自然のなかでのびのび子育てをしたい。一度はそんなことを考える親は少なくないだろう。「テレワーク」や「リモートワーク」の広がりでちょっとしたブームになり、支援制度で後押しする市町村も多い。しかし、夢と現実のギャップは時に大きく、地域になじめず、失敗する事例が後を絶たない。

 大紀町に暮らす平野由崇さん家族は、うらやましいくらい理想的な田舎暮らしをしていると端からは見える。二人の子どもに近隣の清流でパドルボートを楽しませる。祭など地域の行事に家族で積極的に参加する。夫婦で大型二輪免許を取得してツーリングする。その姿はとてもリラックスしていて、「移住」という言葉につきまとう重たさを感じさせない。

 平野さんは愛知県弥富市に生まれ、両親が引っ越した桑名で働いた。奥さんのオリビアさんはインドネシアのジャカルタ出身。

「都会育ちなので田舎は人間関係が苦しいかもしれないと思いましたが、洋裁ができるのを知って『こういう仕事がある』と紹介してくれたり、地域の人たちととてもいい関係を築いています」

 とオリビアさんは言うが、最初からうまくいっていたわけではない。結婚して義父母と同居したものの、言葉が通じずになにかとすれ違いが生じ、故郷の料理をつくれば辛いと不平を言われた。

「言っていることの5%くらいしかわかりませんでした。とくに日本語には同音異義語が多いのでずいぶん戸惑い、混乱しました」

 それでも自動車教習所に通い、運転免許を取得してしまうほど、このときすでにオリビアさんは言葉に不自由していなかった。ただ会話となるとどうしても言葉一つひとつに感情が混じり、裏を読まなければ真意の通じにくいところが日本語にはある。インドネシアで放映された日本のドラマなどを見て、厳しい国との先入観もあった。

 出会いは北海道のリゾートホテル。オリビアさんは学んだ洋裁専門学校に掲示された求人広告に応募して来日し、ステージ衣装などをつくる仕事に就いた。いくつかの仕事を経験した平野さんは、英語を身につけたいとワーキングホリデーでオーストラリアに滞在した。ハリウッド映画に日本人役として出演するなど新たな可能性を夢見つつ、身体をこわして帰国し、同じホテルのバーテンダーになった。

 持ち場がちがって面識はなかったが、従業員仲間から「相性が合いそうだ」と紹介され、つきあいがはじまった。両親への挨拶のつもりで観光がてらジャカルタに出向いたところ、結婚式が準備されていた。大紀町へ移り住んだのも、転職の誘いがあったからだった。波瀾を運命として素直に受け止め、楽しもうとしてきたからこそ、いまの幸せはあるのだろうと朴訥な平野さんを見ていて思う。

 オリビアさんは日本人よりよほど日本人らしく、肌の色や目の色がちがっても、言葉がちがっても、同じ人間であることにはなんの変わりがないのだと当たり前のことに気づかされる。義両親もいまではすっかりインドネシア料理を好むようになった。「人のあいだ」と書いて「人間」。コンビニやファストフード店など、生活のごく身近な場所で働く外国人の姿をよく見かけるようになったいま、そのことをどんなときであっても忘れずにいたい。

自慢の大型バイクをバックに、左から平野文椰さん、由崇さんと猫のミッシェル、オリビアさん、杏奈さん。

文・写真/増田 幸弘(編集者)