MARKETING MAGAZINE
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INTERVIEW
2024.07.01
書店や地元を巻き込んだプロモーション施策で大ヒットシリーズへと成長
ー2023年3月に刊行された宮島未奈さんの単行本デビュー小説『成瀬は天下を取りにいく』が2024年本屋大賞を受賞されました。おめでとうございます。まずは、この作品がどのようにして生まれたのかをお聞かせください。
郡司 成瀬シリーズの最初の一遍は、短編の『ありがとう西武大津店』です。当社では女性作家を対象とした公募賞「女による女のためのR-18文学賞(以下、R18文学賞)」を主催していますが、2021年度のR18文学賞で、大賞と読者賞、選考委員をお願いしている友近さんが選ぶ友近賞を独占したのがこの作品でした。三賞同時受賞は初めてのことで、それだけ魅力のある作品だったので、書き継いでみませんかと編集者がお声がけしたのが、単行本化のきっかけです。
ーそこから単行本の刊行に至るまでの経緯を教えてください。
郡司 R18文学賞は短編が対象なので、単行本発行までにはどうしても時間がかかります。そこで、宮島さんに作品を書き進めていただくと同時に、私たちプロモーション部は刊行に向けた取り組みを開始しました。実は当初、発売は2022年11月を予定していたのですが、大きなポテンシャルを持った作品なので時間をかけてプロモーション施策を実施しようということになり、発売を2023年3月に延期しました。この間、成瀬シリーズの舞台となった滋賀県出身の西川貴教さんやR18文学賞の選考委員を務めた友近さんなど、12名の著名人から推薦文をいただいたり、プルーフ(出版前の見本)を書店さんに配布して、「成瀬班」という応援団になっていただいたりといった施策を実施しました。書店さんに応援していただいた経緯があるだけに、書店員が読んでほしい本を選ぶ趣旨の本屋大賞をいただけたことは本当に感無量です。
ーご当地小説として、舞台となった滋賀県とのコラボレーションも多いのではないでしょうか。
郡司 はい。宮島さんご自身が滋賀県在住ですし、小説の中には実在する場所やモデルとなった場所が多数登場するので、地元の皆さんにも喜んでいただいています。出版会見を滋賀県庁でやらせていただいたり、本屋大賞受賞後にはスタンプラリーを開催していただいたり、官民を問わずに応援していただいているのを実感しています。
出版の半年以上前、私が初めて宮島さんに会いに滋賀を訪れた際、同行した担当編集と「膳所(ぜぜ)駅構内の大きな看板を成瀬にしたいね」と話していたのですが、結果的にこの夢は実現しました。主人公の成瀬あかりは、やりたいことは言葉にして発するキャラクターなので、成瀬に感化された部分があったのかなと思います。
ー本屋大賞も受賞し、これだけ累計70万部を超えるヒットとなったシリーズだけに、今後のメディアミックス展開も気になるところです。すでにコミカライズはされていますが、今後の展望についてはいかがでしょう。
郡司 おかげさまで多くのお話をいただいています。私は、いまからちょうど20年前の2004年に刊行された『電車男』の担当編集でしたが、これほどの反響があるのはそれ以来です。今後は、まだ成瀬と出会っていない方にも届けたいと思うので、いただいているお話をしっかり検討させていただき、良い形で展開していければと考えています。
ー御社は、『成瀬は天下を取りにいく』の本屋大賞だけでなく、この1年で直木賞と芥川賞も受賞されていますね。
郡司 直木賞も芥川賞もご縁がなかった時期もありましたが、直木賞は2022年下半期の『しろがねの葉』(千早茜)、2023年上半期の『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)、2023年下半期の『ともぐい』(河﨑秋子)と3回連続受賞、芥川賞は2023年下半期に『東京都同情塔』(九段理江)で受賞することができました。 賞は水物ですし、私たちが決められるものではありませんが、出版社としてのこだわりはあります。選考時点で書籍化されていることが多い直木賞と違って、芥川賞は雑誌掲載時の選考なので単行本の形になっていないことがほとんどです。新潮社では、芥川賞を受賞できた際には読者の皆様に本として手に取っていただけるように、ノミネートされた時点で書籍制作を進めています。
ー大きな賞を続けて受賞している要因があったら教えてください。
郡司 要因といえるかどうかはわかりませんが、コロナ禍を機にTeamsを活用した社員同士の意思疎通が進んで、チームとして仕事がしやすくなったのはたしかです。進捗の共有やアイデア出しはもちろんですが、Teamsのチャット機能はメールに比べて垣根が低いので、部署や世代を超えたやり取りが増えました。経験に基づく知見が自然と継承できているのは、出版社として質の高い本を世に送り出すうえで良いことだと感じています。
ー2024年1月1日、東京新聞朝刊に掲載された御社の広告では、『成瀬は天下を取りにいく』をメインに据えたビジュアルとコピーが印象的でした。年頭にあたってのメッセージで成瀬を登場させた意図についてお聞かせください。
郡司 年頭のメッセージなので、個別の作品のセールスにつなげるというよりは、読者を新しい世界にいざなう主人公が登場する作品を掲載することで、新潮社が世に送り出している本の魅力を伝える狙いがありました。成瀬シリーズには、チャレンジすることで道が開けるという明るく前向きなメッセージがあります。また、同時に取り上げた他作品にも、信念をもって困難を克服する主人公が登場します。「最高の主人公と、ひとりでは行けない場所へ。」というコピーは、成瀬チームの文庫担当編集が書いたものですが、読者を勇気付けるメッセージとして経営陣からも評価をいただき、採用に至りました。
ー最後に、新聞広告に期待する役割やご要望などがあればお聞かせください。
郡司 成瀬シリーズを通して、ご当地コンテンツの強さを実感したのは大きな発見のひとつでした。そういう意味では、地域に根差したメディアの役割は大きいと思いますし、私たちのような出版社のプロモーション担当にとっても協力できるパートナーだと認識しています。成瀬シリーズは滋賀県が舞台でしたが、東海エリアを舞台とする作品や東海エリア出身の作家さんの作品があれば、新聞広告も含めて協力していただければと思います。
—ぜひよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。