MARKETING MAGAZINE
マーケティングマガジン
INTERVIEW
2019.02.13
良いものをつくり続けることが
ロングセラーを生む秘訣
ー 大阪桐蔭高校で甲子園春夏連覇を成し遂げ、2018年のドラフト会議を経て中日ドラゴンズへの入団が決まった根尾昂選手の愛読書として、御社で出版されている外山滋比古さんの『思考の整理学』(ちくま文庫)や渋沢栄一さんの『論語と算盤』現代語訳(ちくま新書)が話題になりました。率直なご感想をお聞かせください。
尾竹 お父様から贈られたことがきっかけとはいえ、野球漬けの高校球児がこういう学術系の本を読んでいるというのが驚きでした。『思考の整理学』も『論語と算盤』も普遍的な内容なので、考え方のヒントを野球に生かそうという意識の高さがあるのかなと感じます。また、各メディアで報じられて以降の反響の大きさにも驚いています。根尾選手が高校野球のスターだとは知っていましたが、ここまでの影響力があるとは……。
ー 根尾選手は岐阜県出身で、中学時代から地元で注目されていただけに、ドラゴンズ入団で盛り上がっています。反響の中心はやはり東海地方でしたか?
尾竹 反響自体は全国的にありましたが、目立ったのはやはり地元の東海地方ですね。三省堂書店 名古屋本店の数字ですと、ドラフト前までの『思考の整理学』の販売部数は月に4冊程度でしたが、11月には400冊を超えました(笑)。
ー 100倍以上はすごいですね。根尾選手のようになってほしくて子供や孫に『思考の整理学』を贈るお客様が多いと聞いています。ただ、こうしたニーズがあるのは「根尾効果」だけが理由なのではなく、ロングセラーを続けている『思考の整理学』自体に、普遍的な魅力があるからだと思います。
尾竹 ありがとうございます。『思考の整理学』は、文庫が刊行された1986年から年間平均でコンスタントに1万部弱の発行部数がある本なので、もともとロングセラーではあったんです。それがより多くの方の目に留まるきっかけになったのは、2007年に岩手県盛岡市にある、さわや書店の松本大介さんがつくったポップです。盛岡を皮切りに全国的に注目度が高まり、2007年だけで40万部、翌2008年には東京大学と京都大学の生協で売り上げ1位を獲得するほどの大ヒットとなりました。
ー 「東大・京大で一番読まれた本」という帯のキャッチコピーが印象的ですが、これはそのときに生まれたんですね。
尾竹 そうです。こうした文言を帯に掲載するのはこの本が初めてだと思うのですが、東大生や京大生が手に取っているというのはニュース性があるので、幅広い層の読者に届くのではないかと思いました。
ー キャッチコピーもそうですが、読者の手書きコメントが掲載されているのも『思考の整理学』の帯の特徴ですよね。これは、ポップを意識してのものでしょうか。
尾竹 はい。実はこの帯は、毎年作り変えているんです。『思考の整理学』のように時代を超えて普遍的に読まれる本の場合は、実際に読んだ人の感想をそのまま載せるのが効果的だと感じています。一般人のコメントなので大きな話題性こそありませんが、実際の声だけに熱量があるんですね。『思考の整理学』以降も、マーケティング的に読者層が合いそうな本では採用しています。
ー 2008年に刊行された菅野仁さんの『友だち幻想』(ちくまプリマー新書)が再評価されてヒットしているというお話も伺っています。世の中の流行のサイクルが短くなっているなか、息の長い本を生み出す秘訣はどのあたりにあるのでしょう。
尾竹 サイクルが短いからこそ、流行にとらわれず、普遍的なもの、古くならないものを掘り起こしたいという意識はあります。『思考の整理学』を担当して学んだのは、さわや書店さんのポップにしろ「根尾効果」にしろ、きちんとしたものをつくれば、刊行から時間がたっていても、きっかけひとつでヒットにつながるんだということです。今後も自分がいいと思える本を世に送り出したいと思います。
ー ちなみに、外山滋比古先生は根尾選手について何かおっしゃっていますか?
尾竹 根尾選手のことはご存じだったようで、「スーパースターの根尾くんと『思考の整理学』がつながっているなんて、こんなにうれしいことはない」とのコメントをいただきました。外山先生は95歳になられても精力的に執筆活動を続けられていて、弊社でも『伝達の整理学』(ちくま文庫)という書き下ろしエッセイの新刊を出したばかりです。いずれは外山先生と根尾選手の対談が実現できればと考えています。
ー それは楽しみですね。最後に、同じ活字メディアということで、新聞に対するご意見、期待などあればお聞かせください。
尾竹 出版社の立場からいうと、新聞の記事や広告を通してより多くの読者に本が届いてほしいという期待があります。ちょうど韓国のベストセラー小説の邦訳本「82年生まれ、キム・ジヨン」について中日新聞さんから取材依頼をいただいていますし、『思考の整理学』もこれから根尾選手がプロとして活躍され、さらに注目を集めるかもしれません。デジタル全盛時代ではありますが、活字の活躍する場はまだまだ多いと思うので、同じ活字メディアとして、今後ともよろしくお願いいたします。
ー ぜひご協力させていただければと思います。本日はありがとうございました。