AD FILE

東海エリア探訪記

洗剤メーカーの取り組む地方再生[ 三重県 熊野市 ]

2021.02.18

休校中の木造校舎を活用。職員室が事務所に、教室がトマトの選別所や梅酒の醸造所に。

 ヤシノミ洗剤で家庭でも馴染み深いサラヤが、熊野で梅酒をつくっている。なんとも意外な組み合わせで、しかも住所を頼りに山中の道をひたすら走り、ようやく辿り着いたのは古い木造校舎。ますます謎は深まるばかりだった。
「実は創業者の出身地なのです。代々、林業を営む家でした。それが縁で農業体験をはじめ、新入社員の研修などをおこなうようになりました」
 とサラヤ株式会社熊野食品製造グループの赤阪寅生さんは言う。赤阪さんは山をひとつ隔てた集落の出身で、長らく東海3県で営業の仕事に携わってきたが、地元に貢献したいとの思いから50代半ばで転職した。仕事はハローワークで見つけた。
「小さなころからこの学校のことを知っています。いまから40年ほど前、高校生のときには生物部の部活動でここに合宿し、下の小川で魚などを捕って観察しました。そのころはお店がたくさんあって人通りも多く、にぎやかでしたよ」
 育生中学校は戦争が終わって間もない1947年に開校し、いちばん多いときには351人の生徒が学んだ。しかし、高度経済成長期に仕事が限られる山間を離れて都会に出る若者が増え、赤阪さんが合宿したときにはすでに生徒数が少なくなりはじめ、2004年に3人の生徒が卒業したのを最後に休校となった。
 その校舎を借り受け、サラヤは2013年に梅酒の製造をはじめる。きっかけは2009年に熊野市が構造改革特別区域によるどぶろく・リキュール特区に選ばれたこと。それにより酒税法で年間6キロリットルに定められている最低醸造量が、1/4にあたる1.5キロリットル(1升瓶にして800本強に相当)になり、参入しやすくなったのである。
「特産の南高梅と、砂糖の代わりにラカントを使って漬け込み、カロリーを抑えた点に特徴があります。まずいくつかの配合を試してみて、いちばんいいものを選びました」
 ラカントとは中国の桂林地方で栽培される羅漢果(ラカンカ)という果実から抽出された甘味料で、サラヤが1995年に商品化した。こうしてできた梅酒は熊野古道にちなんで「梅野古道」と名づけられ、近隣の道の駅などで販売されるほか、自社のホームページを通じて通信販売をしている。
 ほかにも隣接する保育所だった建物ではブルーベリーやイチゴのジャムをつくっている。めざすのは農業の6次産業化。生産だけではなく、加工と流通を取り込むことで、第一次産業を活性化させる考え方だ。経済学者の今村奈良臣さん(1934-2020)が提唱し、それが地方の再生につながるとした。6次産業は「1次産業×2次産業×3次産業」に由来する(もとは足し算だったが、のちに掛け算に改められた)。
 実際こうして働く場ができることで、赤阪さんのように早めに定年し、故郷に戻って第二の人生を歩みはじめるのも可能になる。
「ずっと営業職だったものですから、製造業、まして口にするものをつくっているので、気の遣い方がちがいます。新たに覚えることも多く、間をあけるとたいへんです。でも、都会の仕事とちがい、のんびりしていますよ」
 サラヤは「衛生」「環境」「健康」を事業の柱としている。ヤシノミ洗剤は「環境」、ラカントは「健康」、学校や駅などで見慣れた緑色の手洗い石鹸は「衛生」というわけである。そのサラヤが熊野の山峡でおこなう試みには、地方再生の具体的なヒントに満ちている。(所属等は取材時のものです)

仕事を求めて都会に出た赤阪寅生さんは、定年を前に故郷に戻ってきた。

文・写真/増田 幸弘(編集者)

LATEST FILE