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INTERVIEW

「書店員がいまいちばん売りたい本」はどうやって生まれたか?

2022.07.08


ーー 逢坂冬馬先生の『同志少女よ、敵を撃て』の本屋大賞受賞おめでとうございます。発売前からSNSで話題になっていた注目作ですね。

関 ありがとうございます。当社は本屋大賞のノミネートも初めてでして、それがいきなり大賞を獲ってしまったものですから、全社で大変喜んでいます。本屋大賞は書店員さんが売りたいと考えてくださる本ですから、やっぱり賞の中でも特別な意義があると思っています。

ーー 逢坂先生はこれがデビュー作だそうですが、早川書房で出版されるきっかけはなんでしたか。

関 この作品が先生のデビュー作ですが、小説は以前から書いていらして、2017年に作品を持ち込んできてくれたのが始まりです。『自由への翼』というSF設定のタイトルで、賞金稼ぎの戦闘機パイロットの話でした。これを読んだ担当者が、当社が主催する新人賞のアガサ・クリスティー賞への応募をおすすめしたんですね。この時は惜しくも落選してしまったんですが、その後も毎年のようにご応募いただき、2021年の第11回に、その時の選考委員が全員満点をつけるという、史上初の快挙とともに受賞したのが、この『同志少女よ、敵を撃て』でした。

ーー 最初は持ち込みだったのですね。そこから出版に至る経緯はどんなものでしたか。

関 去年8月の同賞の発表前後から、この作品が大変面白いというので、選考したメンバーを始め社内で相当に盛り上がっていました。早川書房というのは社員が非常によくゲラを読む会社なんです。中でも副社長がいたく感動して、「この作品は素晴らしいから全社で取り組んで売りたい!」と会議の席で宣言したんですね。そこで社内のいろんな部署の人間を集めたチームが立ちあがり、中でも営業、編集、プロモーションの若手女性社員3人が中心となって頑張って研究してくれたんです。

ーー 女性からの支持も高いこの作品らしい話ですね。

関 そうですね。それで社長以下役員が集まる経営会議で、彼女達に直接プレゼンしてもらうことにしたんです。その中身がかなり大胆で、500ページ近い厚い本なのですが、「定価(税別)は2,000円を切りたい、初版は3万部を出したい、3ヶ月で5万部を達成したい、たぶん読者は男性が圧倒的に多いけど、目標とする購入読者は男女半々を狙いたい、プロモーションは書店さんと読者を巻き込んでいきたいから製本される前の原稿(プルーフ)を書店員さんにお配りしたい…」と非常に意欲的なものでした。

ーー 一般的な初版は数千部から始まりますから、新人作家で初版3万部は大変思い切っていますね。

関 この提案を聞いた役員側はさすがに危ぶんで激論になったんですが、彼女たちの熱意が通って、11月17日の発売に向けて進んでいくことになりました。営業の協力も得ながら、どの書店の誰にこの本を読んでもらいたいかまでイメージして書店へのアプローチをしていきましたね。書店員さんの口から盛り上げてもらって、どこまで伸ばせるかというのも今回試した部分でした。

ーー 発売してからの反応はどうでしたか。

関 発売してすぐに評判になりまして、翌日には重版決定。約1週間後の11月25日に5万部突破。発売1ヶ月後には直木賞の候補に選ばれました。残念ながら受賞は逃しましたが、相当なスピード記録だと思います。1月には本屋大賞にノミネートされて、2月末に10万部突破。4月6日に本屋大賞受賞で、4月末で約47万部。こういう感じで伸びていきました。

早川書房の応接室には書店員お手製の店頭POPが多数飾られていた。
手書きのおすすめコメントから書店員の感動と熱意が感じ取れる。

ーー 広告に関してはどうされましたか。

関 出稿の山場は本屋大賞受賞後ですね。本屋大賞受賞作はさまざまなメディアの記事で取り上げられますから、それを後押しする形で全国紙を皮切りに、中日新聞を始めとした各地域のブロック紙などに出稿しました。結果は、かつてのように単純にはいかなくなったなというのが率直な感想です。以前でしたら発売と同時に新聞広告を打てば、わっと書店に人が走って売れていったんですが、これが通用しなくなっている。出稿による伸びは確かにあるんですが、以前ほどではない印象です。やはり読者が情報に触れる接点や、購買行動が変わってきていると感じますね。ただその一方で、知られていなくとも「自分の知る誰かがお勧めしているから買ってみる」という行動もあります。ですから新聞広告の効果は、短期的な売れ行きだけで見る時代ではないんだろうと思います。

中日新聞 2022年4月20日
本屋大賞2022受賞直後の広告

ーー 販売部数50万部の大台も目前ですが、今後の展開はどうされるのでしょうか。

関 書店さんの話題作りからスタートし、春には新聞広告を数多く打ちました。それと同時にいま書店広告という、書店の店頭にある広告スペースにも出稿しています。その先はお世話になった書店さんに、「皆さんのおかげで本屋大賞が獲れました」という感謝もこめて、逢坂先生と一緒の全国行脚も考えています。短編ですが先生の次回作もまもなく世に出る予定です。

 後は…私たちにはどうにもなりませんが、純粋にこの本を楽しめる世の中に早く戻って欲しいなと思っています。話題になった時期とウクライナでの出来事が重なってしまったために、どうしてもそれらを結びつけた紹介をされることがありますが、それは本意ではありません。私は出版社の役割は、世の中には多様な見方があることを示すことだと思っています。「こんな考え方もあるよ」ということを発信して、読者に自分の世界に閉じこもらず、知らない世界への想像力を持ち続けてもらう。それが出版社の役割だし、この作品にはその力があると信じています。

ーー 新聞広告や新聞社に対するご意見、ご要望をお聞かせいただけますか。

関 新聞社に期待したいのは営業さんの情報力ですね。かつてのように新聞広告さえ打っておけば売れる時代ではありませんが、じゃあSNSだけやっておけばいいかというとそれも違うと思うんです。新しい時代には新しい時代の売り方があって、各社ともそこを試行錯誤しているわけですが、新聞社の媒体営業の方はそうした最前線の人にたくさん会って、最新の売り方や成功事例を知っていますよね。もちろん出せる範囲で構いませんから、そうした貴重な情報を共有いただきつつ、一緒に売り方を考えていただけると助かります。

ーー 「新しい時代の書籍の売り方」という意味では、逢坂先生が来名された際、星野書店近鉄パッセ店で東海ラジオの「飛び込みマイク」生出演を中日新聞より提案、ご手配させて頂きました。引き続き、ご期待に沿えるご提案ができるよう務めていきたいと思います。本日はありがとうございました。

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