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東海エリア探訪記

人と人を結びつける場づくり

2018.05.28

幼稚園児とミュージシャンに声をかける鳥谷尾満哉さん(左奥)とその隣にキミさん。

三重県 松阪市

 松阪市はびっくりするくらい大きい。もともと多くの町や村を取り込んできたのだが、平成の大合併でさらに嬉野、三雲、飯南、飯高という4つの村と一緒になった。合併を重ねた経緯や、海あり山あり川ありの地形からいろんな顔があり、なにか一言で特徴を言い表すのがなかなかどうしてむずかしい。

 松阪を何度も訪れているうち、この街のいちばんのおもしろみはもっとソフトな部分、そう、たとえば人と人との結びつきにある気がしてきた。Aさんと仲良くなるとBさんと知り合い、それからCさんもDさんもEさんもという感じに、次から次へ、どんどんつながっていくのだ。それはほかの街、とくに地方では珍しく、近ごろでは都会でも稀なことになった。新たな出会いをあえて求めなくても、ネット上でいつもだれかとやりとりできるのもあるだろう。

 どうして、こうした結びつきが生まれるのか、ずっとよくわからなかった。土地柄と人柄に由来するなにかがあると最初は思った。お伊勢参りでたくさんの旅人が昔から訪れているのだから、よそ者を受け入れる土壌があるのだろう。しかし、それにもましていくつかの拠点が出会いの場になっているのに気づく。いくつかの場が人と人とをつなぎ、場と場を結びつけているのだ。

 松阪市街からクルマで30分ほど山中の道を走っていくと、畑のなかに「やまねこ亭」というレストランがある。立地にしてはとても大きな建物だ。
「もとは自動車部品の工場でした。そこを一年弱かけてひとりで改装したのです。できないところだけ工務店に頼みました。鼻笛を演奏する音楽仲間がみんな、練習する場もなければ発表する場もないと言うので、自分でつくってやろうと思ったのがきっかけです」

地元の食材を活かした野菜を中心としたメニューは、シンプルながら味わい深かった。

 とやまねこ亭の主、鳥谷尾満哉さんは言う。鼻笛の存在を知ったのは10年ほど前のことだった。津にいる鼻笛作家から入手したのをきっかけに、演奏をはじめる。それまでギターなどをかじってはみたもののいっこうに上達せず、音楽の才能がないのだと諦めていた。しかし、鼻笛との出会いから音楽に目覚め、レストランで働きながら、老人ホームや障がい者施設などで演奏して回るようになった。もちろんボランティアだ。人に聞いてもらえればプロと仲間に言われ、自分に自信をもてるようになった。
「学校で得意な科目は勉強しなくても100点取れるのに、苦手な科目はいくらやってもできなかったんです。大人になったいまはよいところを伸ばせば十分だ思えますが、学校ではそうもいきませんでした」

 競争社会で生きられなかったと振り返る鳥谷尾さんが思いのままにつくったやまねこ亭は、なんだかとても不思議な空間だ。奥さんのキミさんと仲睦まじく切り盛りするレストランであり、音楽家たちが楽しく演奏するステージであり、農作物や手工芸品などを直販するショップでもあり、薪ストーブを囲んで団らんする場でもある。来るもの拒まずの出会いの場が、一人ひとりの居場所になった。

 近くにある幼稚園の子どもたちが散歩の途中、先生と一緒に遊びに来た。お目当ては楽器だが、たまたま居合わせた地元のミュージシャンと即興演奏がはじまった。子どもたちは静かに耳を傾けながら、そのうち演奏に加わった。ギターとカホンが主導してグルーブを生みだす、なかなかの名演だ。
「これが音楽なんですよね」

 鳥谷尾さん夫婦は顔を見合わせ、目を細めた。こんな素敵な空間、世界を探してもそうはない。

文・写真/増田幸弘(編集者)

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